地域主権戦略会議を設置、来月中旬めどに工程表
(共同通信 11/18付)
政府は17日午前の閣議で、最重要政策の一つに掲げる地域主権を推進するため、鳩山由紀夫首相を議長とする『地域主権戦略会議』を内閣府に設置することを決めた。原口一博総務相は閣議後の記者会見で、来月中旬をめどに改革全体の工程表を作成する考えを示した。

鳩山首相は記者団に「地域が頑張っていける国に変えていくスタートだ。この国が変わっていく姿をつくりあげていく」と述べ、地域主権の実現に強い意欲を示した。使途が決められた地方自治体向けの“ひも付き補助金”を廃止し「一括交付金」の2011年度導入を目指すなど、鳩山政権の政策実現に取り組む。
戦略会議は首相をはじめ副議長の原口総務相ら関係閣僚、自治体の首長、有識者らで構成する方針。今後、人選を本格化し、最終的に12人程度をメンバーとする。
これまでは首相と全閣僚による地方分権改革推進本部が改革の方向性を決め、政府の地方分権改革推進委員会が首相に具体案を勧告してきたが、戦略会議は双方の機能を併せ持つ組織となる。
分権改革推進本部は戦略会議発足に伴い廃止。分権委は来年3月まで任期が残っているものの、9日に最終の第4次勧告を首相に提出して事実上、役割を終えた。“地域主権”ではなく“地方自治権の拡大”鳩山政権全体に言えることですが、言葉の使い方・選び方が非常に雑です。
鳩山由紀夫首相が使う「友愛政治」などはその典型であり、未だに「何となく国民へ温かそう」というイメージだけで、具体化も理論的体系化も成されていません。
政治は言葉をもって語るものです。したがって、言葉の一つひとつについて、吟味に吟味を重ねて使ってもらわなければ困ります。増して、その言葉の本来の意味と違えた使用方法など、決して犯してはならない誤りです。
このたび『地域主権戦略会議』を設置したそうですが、この名称は愚の骨頂です。
主権とは、「1.国民および領土を統治する国家の権力(=統治権)。 2.国家が他国からの干渉を受けずに独自の意思決定を行う権利(=国家主権)。 3.国家の政治を最終的に決定する権利。国民主権、国王主権など」と、歴史的・国際的に定義されてきた言葉です。
日本国憲法・前文(一部抜粋)
ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。
日本国憲法・第1条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。日本国において、主権は国民に存在するものです。その総意をまとめる場として日本国議会があり、対内的には法律など、対外的には外交・安全保障という形で、日本国政府が代行しているわけです。
したがって、日本国の一部である地域・地方自治体に、主権は存在しません。付与されているのは、あくまで「地方自治権」です。
日本国憲法・第93条
地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。にもかかわらず、日本国首相を議長として『地域主権戦略会議』を内閣府に設置するなど、よっぽど不勉強であるか、気がふれたとしか思えません。
「『地域主権戦略会議』が、地域主権を認めるための工程表を作る」ということは、「日本国が、地方自治体へ日本国政府に対抗し得る主権を与えるための工程表を作る」ということ。日本国が自らを分断すると言っているわけで、『地域主権戦略会議』という名称は絶対にあり得ないものなのです。
もっとも、日本国を連邦制へ移行させるという遠大な計画があり、そのための日本国憲法改正の準備を並行させているなら、考えられなくもありません。新憲法で地方自治体と日本国政府の関係を再定義、すなわち「地方自治体の主権は日本国のこれを超えない」と位置付ければ、引き続き地方自治体は日本国の一部にとどめ得るからです。
しかし、鳩山内閣が扱おうとしているのは「“ひも付き補助金”を廃止して一括交付金とする」など、権限・財源・人間をどのように配置していくかという「3げん」に限った話。それならば、『地方自治権の拡大』や『地方自治権の充実』というのが適切です。
『地域主権戦略会議』の看板の前で、笑顔で握手をする鳩山首相と原口総務相。無邪気な子どもに見えて仕方がないのは、鮎滝だけでしょうか?