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記者の目:鳩山首相の「グローバリズム批判」 ・・・グローバリズムなしに日本は成立しないでしょ?

記者の目:鳩山首相の「グローバリズム批判」
(毎日新聞 12/5付)

【北米総局=斉藤信宏】鳩山由紀夫首相の「グローバリズム」へのあまりに否定的な主張に驚いている。9月、首相に就任する前の論文が「米国発のグローバリズムの行き過ぎを正す」と、世界中で起きているさまざまな困難の原因をグローバル化に押し付けるような書きぶりだったからだ。その後の国会論戦でもグローバル化を批判するような言動がたびたび顔を出した。

だが、良くないことが起こるたびに「グローバル化のもたらした弊害」と叫ぶのはいいかげんにやめた方がいい。世界経済がグローバル化したのは米国の「市場原理主義」のせいではない。時代の流れの中で起きた歴史的な変化であり、世界のどこに暮らしていても、その影響を拒むことはできない。であれば、まず私たちは「グローバル化を直視すること」を真剣に考えるべきだ。

「グローバル化という『現象』を嘆き、不幸の責任を負わせるのは簡単だが、なんの問題解決にもならない」。国際通貨基金(IMF)のある幹部は昨年、金融危機が世界規模に拡大した直後、グローバル化の是非を自問してきた私を諭した。

米国に赴任して2年たち、私は今、改めて米国の底力を実感している。多人種、多民族、多宗教の国である米国では、多様な人間が国外から集まることで「内なるグローバル化」が進み、力の源泉になっている。

首都ワシントンにある世界銀行本部には、世界各国の料理の並ぶカフェテリアがある。世界中で採用された職員が自国の食事を好きな時に食べられるよう配慮されている。同じスタイルの食堂はシリコンバレーのIT(情報技術)企業にもあると聞いた。世界から集まる優秀な人材が新技術の開発に集中できるよう、食堂は終日営業しているという。

多様な人材が集まる中からマイクロソフトやグーグル、アップルのような企業が生まれ、「iPhone(アイフォーン)」のような世界的ヒット商品を生み出してきた。技術革新を支える人材の中には、インド系やイラン系など最近米国に来たばかりの移民や、その子供たちも数多く含まれている。パスポート取得者が2割に満たない米国だが、国内で暮らすだけでグローバル化を実感できるところが、この国の強みだ。

もちろん米国でも、国内雇用を重視する政治家から、グローバル化を拒むような発言が出ることはある。ただ、国全体としては外からの人や技術の流入を歓迎する素地ができている。

世界一の自動車メーカーになったトヨタ自動車も、かつては日米貿易摩擦で苦しんだ。ところが、工場を米国内に建設し、米国になじもうと努力したことで、今ではすっかり米国民に受け入れられている。米国を象徴する自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)が経営破綻しても、トヨタたたきを心配するのは日本人だけで、米国人の反応はいたって冷静だった。

世界では今、グローバル化が想像を超える速度で進展している。そして、20世紀には考えも及ばなかったような変化をもたらしつつある。

アジアや中南米、アフリカでは、東西冷戦時代には「途上国」だった国々が、冷戦に絡む内戦や政情不安を克服して平和を取り戻し、グローバル化の波に乗り、次々に驚異的な経済成長を遂げている。英エコノミスト誌によると、アフリカの一部の国では、携帯電話の普及が金融取引を活発化させ、経済成長の原動力になっているという。これも通信分野の技術革新と自由化がもたらした変化の一端で、一種の「グローバル化の配当」と言えそうだ。少し前まで電力の供給もおぼつかなかったような地域でも、アンテナを立てれば携帯電話であらゆる情報を入手できる。10年前までは考えられなかったことだ。

世界中でこうした大きな変化が起きているのに、日本にはなかなか活力が戻らない。「国内格差の拡大」への懸念は声高に論じられるが、世界の変容にどう対処するかを真剣に議論する政治家の声は聞こえてこない。

「日本は島国だから外の変化に対応できない」とは思いたくない。今や日本人は世界中で活躍し、日本国内には多くの外国人が暮らしているのだから。日本でも米国同様の「内なるグローバル化」で、国の外から活力を注ぎ込むことは可能なはずだ。

グローバル化は止めようとしても止まらないし、逆に無理に止めようとすれば、活力の源泉を失うことになりかねない。世界のグローバル化を直視することを避け、内向き志向に陥れば、いよいよ日本は世界から取り残されることになる。政治家はもちろんだが、私たち一人一人も、現実を直視し、グローバル化を受け入れる勇気が必要だ。

『坂の上の雲』を支えた日本経済の国際化
NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』。日清戦争~日露戦争の只中を生きた秋山好古、真之の兄弟と、正岡子規の3人を描いた作品ですが、彼らを支えたのは「日本経済の国際化」です。
ドラマで真之と子規が彼らの英語教師として登場する高橋是清と、英国から日本が買った軍艦の引き渡しを見にいくシーン。是清に「貧乏国には高すぎる買い物だ」と言わせたように、明治初期の日本は貧乏国でした。

国際経済へデビュー間もない日本の主要輸出品となったのは、生糸、絹織物。
明治維新の少し前、1860年代のヨーロッパでは生糸を作り出す蚕に伝染病が拡がり、ヨーロッパの生糸産業は壊滅的ダメージを負います。代替生産地として清(現在の中国)が有力だったものの、当時は内乱状態で対応不能。そんな供給不足に陥った世界の生糸市場へ食い込んでいったのが、日本産生糸でした。

富岡製糸場の建設、養蚕・製糸技術の改善など、国を挙げた増産で価格競争力をも得た日本の生糸は世界でシェアを拡大。明治時代末期の生糸輸出量は明治の初期に比べて、数量で8倍弱、価格で約12倍にまで伸長し、中国を抜いて世界一の生糸輸出国となります。

1910年代の後半からは、機械化によって飛躍的に生産力を上げた綿織物が加わります。明治から昭和初期の日本経済は繊維製品を外国へ売って得た外貨に支えられ、鉄鋼業、自動車、航空機、機械工業などの重化学工業が発展していきます。

高度経済成長を支えた日本経済の国際化
時代を進めて、戦後の敗戦した日本を支えたのも国際経済での外貨獲得でした。

最大のきっかけは、1950年から始まった朝鮮戦争。対ソ連、対共産主義の下、朝鮮半島へ軍隊を送り込んだ米国にとって、かつての列強国としての技術水準を持つ日本は最適の戦地用資材補給地でした。米国軍は日本へ毛布、トラック、鋼材などを大量発注し、日本の対外輸出は急拡大します。

1955年には戦後の混乱期を脱して経済水準は戦前並みに回復し、平均の実質経済成長率9.3%という高度成長期を迎えます。戦後日本は重化学工業が中心であり、77年には鉄鋼・造船に代わって自動車が輸出製品・第1位へ、80年には日本における自動車生産台数は世界一となります。
また80年代は電子製品の輸出が急増した時期でもあり、90年代半ばにメイド・イン・ジャパンの電子製品が世界でトップになりました。

かつて主力だった日本の生糸は? これからの自動車は?
斉藤信宏氏が言うように、鮎滝はグローバル化を拒むことは出来ないと考えます。

インターネットがその典型であるように、実際に使うかどうかはともかく、世界は既につながっている事実。「僕は、グローバル化は嫌いだから見ない」と一人で目を覆っても、世界は目を覆っている人間に構うことなく経済活動を進めるだけです。「グローバリズムの啓蒙」などという面倒臭いことはしてくれません。
よっぽど希少な物質資源を持っていたり、模倣不可能な希有の技術を身につけている相手なら、「そんなこと言わずに、君も参加してくれよ」と誘ってくれるかもしれませんが。

持てる者がますます富む米国型市場原理主義に問題ないとは言いません。しかし、『もしも地球が100人の村だったら』という一通のメールが書籍やNPO活動につながったように、ユニクロやしまむらなどで安価に服を買うことができて凍えずに済むように、グローバル化で国境障壁が低くなることで、より良くなることだってあります。
要は、「グローバル化」というツールをどのように使いこなすかの問題です。

グローバル化そのものを敵視するのは、「ナイフは凶器にもなる危ないものだ。もっと切れ味の悪いナイフを作れ」と言っているようなものです。魚をさばくのに、研ぎの悪い包丁など刺身の味を悪くするだけです。普段、中国製などのファストファッションの恩恵を預かっている一方でグローバリズム批判をするのも、都合の良い使い分けで一貫性に欠けます。

明治から昭和にかけて、日本は繊維産業に支えられて重化学工業を育ててきました。戦後日本は重化学工業に支えられてきましたが、その間にどんな産業を育ててきたのでしょうか? おそらく自動車は製品製造の頂点ではないでしょうし、雇用の受け皿、人間の生き甲斐を次に引き受けるのは、自動車が好調である内に育てられた産業だと思うのです。

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鮎滝 渉

Author:鮎滝 渉
千秋真一に23%似ているらしいブロガーです。
実家である愛知県に戻ってきました。
ほぼ日刊で更新中。日々の巡回サイトに加えてやってください。
-------------------------
ブロガー名を、「鮎滝 渉」へ改めました。
私が自分に付けた最初のペンネーム。そして、「一角の者になるまでは使うまい」と思ってた名でもあります。

大して公知のペンネームというわけでもありません。が、1回目の中小企業診断士試験の失敗以降、あれこれと思い悩む中、「“輝かしい名としようする執着”はかえって醜い。そろそろ、この名を名乗る覚悟をしよう」と決意。鮎滝の名を使うことにしました。

ちなみに、旧ブロガー名は「スクナビコナ」。
日本神話に出てくる知恵の神様の名前です。恐れ多い名前ですが、ブログをする気構えとして、使っておりました。

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