薬害肝炎 田辺三菱(旧ミドリ十字)和解案を全面受諾
13日、福岡市で開かれた「薬害C型肝炎訴訟」の原告団会議で弁護団が報告。被告企業である「田辺三菱製薬」(旧ミドリ十字)が、全国原告団が提示した和解の基本合意書案を全面的に受け入れる姿勢を示していることが分かりました。
月内にも開かれる同社の取締役会で合意書案が了承されれば、同社と原告団が出席する謝罪集会が8月下旬にも開かれ、合意書の正式締結となる見通しです。
山西美明・大阪訴訟弁護団事務局長によると、田辺三菱側から「基本合意書は100%原告案で取締役会にかけたい」と連絡があったとのこと。福岡での原告団会議後、山口美智子・原告団代表は「心からの謝罪を原告全員にしてもらいたい」と語りました。国との和解は2月に成立 製薬会社との和解は難航薬害C型肝炎訴訟は、昨年12月に福田首相が被害者の一律救済法案の制定を表明し、今年2月に国と原告団との最初の和解が成立。各地で争われていた訴訟でも、次々と和解が進んでいました。
一方、薬害C型肝炎の原因となった「フィブリノゲン製剤」を製造・販売していた旧ミドリ十字(現・田辺三菱製薬)との和解交渉は難航。6月23日に原告団と田辺三菱との間で直接交渉が行なわれ、原告団が提示した基本合意書案について、ようやく同社が受け入れの意向を示しました。
和解合意案には、製薬会社の責任と再発防止も明記原告団が提示した基本合意書案には「責任と謝罪および再発の防止」の項が設けられ、田辺三菱製薬が放置した感染者418人リスト問題も明記。リストの掲載者の中には感染を知らずに病状を進行させた人がいるなどの事実を踏まえ、「被害が生じ、被害を防止できなかったことの責任を認め、被害者と遺族に深くおわびする」と記され、再発防止を誓う内容になっています。
田辺三菱製薬・広報部は「早期の和解を望んでおり、今後も誠意を持って対応していきたい」とコメントしています。
旧厚生省による感染症例把握から20年旧厚生省がミドリ十字が製造・販売していた非加熱「フィブリノゲン製剤」による肝炎感染症例を把握したのは、1987年1月のことでした。同年3月、厚生省は、青森県三沢市の産婦人科医院における非加熱「フィブリノゲン製剤」による集団感染発生について調査を開始。4月になって、ミドリ十字が同薬剤の自主回収を行なうことになります。
しかし、非加熱「フィブリノゲン製剤」は1985年から日本全国に流通。ミドリ十字による自主回収も不徹底なもので、同薬剤が原因と考えられる肝炎感染は相当の拡大を見せることになりました。
1987年以来、社会問題化していた薬害肝炎について、2002年5月、当時の坂口厚労相が国会で「フィブリノゲンから肝炎が発生することはだれしも予測できることであります」と答弁。同年10月、製薬会社と国を相手に、被害者による最初の集団訴訟が提訴されました。
感染症例把握から責任の所在を明らかにする突破口ができるまで15年、国と製薬会社の責任が確定するまで20年を要しました。
国や企業を相手取った訴訟は概して長期化します。しかし福田首相が掲げている「消費者庁」が、業界側に立ちやすい監督官庁に抗するものとなれば、このような現状を改善できるのかもしれません。