「自民党をどげんかせんと」 東国原知事、国政に意欲?
宮崎県知事・東国原英夫氏は、4日夜、次の総選挙への立候補をとりやめた中山成彬前国交相(宮崎1区)の後継として、東国原氏を自民党執行部が擁立を検討していることについて「自民党が候補を立てられなかったりすると、選択肢は民主党と共産党しかない。宮崎県にとってはどうか」などと述べ、国政への関心を示しました。
ただし、「私はあくまでも県民の負託を受けて知事の職を担っている。県民、議会、県職員に国で汗をかいてこいという声があれば、話し合う」とも語り、総選挙に立候補するにあたっては県民世論などを見極めた上で、判断すると語りました。
東国原氏は、東京都内で受けた記者取材で、「どげんかせんといかんのは国政ですか、県ですか」と問われ、「国政です。地方切り捨ての格差社会にしたのは、国政じゃないですか。自民党ですよ。自民党をどげんかせんといかん」と回答。また、「国交相が辞めるということは、私が知事選に出馬した時の、前知事逮捕と同じような状況だ。九州の中でも遅れている地域で、大臣、党を担う人材が出ないことは宮崎にとってマイナスだ」とも述べました。
東国原氏擁立の動きに対し、民主党の鳩山幹事長は4日午後、福岡県大牟田市での記者会見で「1期目で投げてしまうような知事なら、県民は評価しない。国政に転出すれば県民の落胆は計り知れないものがある」と牽制しました。 東国原知事による宮崎県の県政改革は「道半ば」 東国原氏が宮崎県知事となって以来、「宮崎県」の名前は日本のどこででも聞かれる都道府県の一つとなりました。知事就任1年目に比べれば幾分は落ち着いてきていますが、ブームに移り変わりがあることを考えれば、いま保っている勢いでも「宮崎県の宣伝マン」としての非常に良く働いておられると評価できるでしょう。
しかし、県事業への競争入札導入時に急ハンドルを切ったため、県内建築業者を相次いで倒産させています。
こうした倒産は、中長期的に見れば、県内の産業構造を変える「変化の始まり」と見ることができます。ですがそれは、中長期的視点に立てばの話。変化の真っ只中にある人たちにとっては、しわ寄せを一身に受けて路頭に迷うかどうかの瀬戸際でしかありません。
東国原知事による県政が始まって2年と経っていません。その宮崎の県政改革は、未だ道半ばと捉えられる地点ではないでしょうか?
変化を始める者 政治家が負うべき責務 政治家とは、いまある社会に疑問を感じ、それを変えようとする職業。まさに、「どげんかせんといかん」という意志から仕事を始めるものです。
よって政治家が社会を変えることは、良い変化であるか悪い変化であるかは歴史上の一事になるまで分かりませんが、当たり前のことだと言えます。またその言動が圧倒的であれば、もたらされる社会の変化は急激なものとなります。
社会を変化させることが仕事であるとはいえ、「変化を始める者」として、政治家には責務があります。政治家の責務とは、変化の先にやってくる「昔とは違う形での安定」を見通せるようにすることです。
政治家以外の人々にとって、その政治家がもたらす変化は、自分を翻弄するものでしかありません。多くの人々の人生を横切る訳ですから、政治家は、その翻弄を収めなければなりません。特に数多くの有権者から負託された権限を振るう、民主主義の下で選ばれた政治家なら、変化による翻弄を収めるという責務は、「変化の始まり」を担うことよりも大きいと考えるべきでしょう。
改革半ばで放り出せば、宮崎が国政の二の舞 市場原理に基づく競争を推し進めた小泉改革が、どこまで小さな政府の実現を考えていたか今では分かりません。
けれども、社会で行なわれる経済活動を大きく市場に委ねるという「市場原理」は、政府は何があろうとも市場には関与しないという「小さな政府」と、基本的に「対」です。そのことは、世界で最も市場原理を突き詰めた米国が、結局、『金融安定化法案』を最も高く評価されたであろう日に可決させられなかった、という事例がよく示しています。
郵政事業や道路事業を民営化し、人材派遣に関する規制をはじめとした規制緩和・自由競争を進めた小泉改革。しかしその勢いは、郵政民営化を成し遂げたところで、急速に衰えていきました。
結局、政府はそれほど小さくならず、そうでありながらかなり手広く事業を担っています。小泉改革が小さな政府への道であったとしたら、状況は道半ばどころか出発点から一歩踏み出したといったところでしょう。
その中途半端な改革は、日本国政府、各地方自治体と市民の関係をかなりあいまいにしています。もし小さな政府を実現して国民負担率が今より10%落ちていたら、つまり収入に対する可処分所得が10%増えていたら、各市民の自助努力の幅はそれだけ拡がり、国内需要もそれだけ大きくなってでしょう。
しかし、消費税の増税論議はありますが、消費税の減税論議はありません。『公務員制度改革関連法案』も渡辺元行革相が起草した頃のような切れ味を失い、政府は小さくなるどころか、再び肥大化しようとさえしています。
改革は、その最終段階を踏んで始めて「改革」と呼ぶに値します。
いま宮崎県から東国原知事がいなくなれば、宮崎県の改革は中途半端に終わるでしょう。そうすれば、中途半端な改革であった小泉改革、国政の二の舞です。
折角、宮崎のことだけを考えていて良い、宮崎県知事という立場におられるのですから、2期・8年はその立場で仕事を続けられた方が良くないでしょうか?