俳優・緒形拳さん逝く 親友・津川雅彦さんがブログで追悼俳優・緒形拳さんの親友の俳優・津川雅彦さんは7日、自らのブログで緒形さんが亡くなる直前の入院先での様子や臨終間際に交わした会話などを詳細につづりました。
「南無妙法蓮華経! 名優緒形拳が10月5日23時53分に亡くなった!」と題するブログによると、緒形さんは4日夜に埼玉県越谷市の獨協医大に入院し、5日朝に手術。術後の経過も良かったが、午後になって容体が急変したといいます。
津川さんは仕事をキャンセルして同日午後7時ごろに病院に到着。当時の様子について「ベッドの上のガタは嬉しそうに手を出してきてくれたので『仕事!全部終わったのかい』と聞いたら『終わったよ!』」などと言葉を交わしたそうです。
最後に津川さんの手を握りしめながら「『お前身体大事にしろよ!良い映画沢山創ってくれよな!治ったら、うなぎ喰いに行こうな、白焼きをな』と冗談を交えて、医者に危篤を宣言されている患者とは思えない明るい台詞を残し、その4時間後に亡くなりました。その最期を津川さんは「歌舞伎役者のように、虚空を睨み付けながら、静かに、静かに、息を引き取った! 実に安らかに、全く苦しむ様子も見せず、名優らしい!カッコいい!立派な最後だった! 俺もあんな死に方したいと、本気で思えた!」と記しています。
俳優・緒形拳さんの略歴
1958年に辰巳柳太郎さんが率いる『新国劇』に入団。65年のNHK大河ドラマ「太閤記」で主役の豊臣秀吉に抜てきされ、人気俳優となりました。68年に『新国劇』を退団後は、活動の場を広げ、「砂の器」(74年)、「鬼畜」(77年)、「復讐するは我にあり」(79年)などの映画や、「必殺仕掛人」(テレビ朝日系)などのテレビ時代劇にも出演。最近では、エプソンのカラープリンターのCMにも出られています。
カンヌ国際映画祭で最高賞のグランプリを取った「楢山節考」(83年)では、母親を山に捨てに行く息子を演じ、日本アカデミー賞主演男優賞などを受けました。このほか、「ゴドーを待ちながら」「白野」などの舞台でも活躍。
マキノ雅彦(津川雅彦さんの監督名)監督による映画『次郎長三國志』、今月9日から始まる倉本聰さん脚本のドラマ「風のガーデン」(フジテレビ系)が遺作となりました。
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