首相「何もしない人の医療費、なぜ払う」と諮問会議で発言
麻生首相が20日に開かれた政府の経済財政諮問会議で、社会保障費の抑制を巡って「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」と発言していたことが、26日に公開された議事要旨で分かりました。
与謝野経済財政相が、社会保障費の抑制や効率化の重要性を指摘したのを受けて、麻生首相は出席した同窓会の話を紹介しながら「67歳、68歳で同窓会にゆくとよぼよぼしている。医者にやたらかかっている者がいる」、「彼らは学生時代はとても元気だったが、今になるとこちら(首相)の方がはるかに医療費がかかってない。それは毎朝歩いたり何かしているから」と発言しました。
病気を予防することが社会保障費抑制につながることを強調したかったとみられますが、病気になり医療サービスを受ける人が悪いとも受け取れる発言で波紋を呼んでいます。
なお、麻生首相は19日に行われた全国知事会議で「医師には社会的な常識がかなり欠落している人が多い」と発言し、謝罪に追い込まれたばかり。「麻生太郎には、社会的な常識がかなり欠落している発言が多い」「麻生太郎には、社会的な常識がかなり欠落している発言が多い」というのは、最早、大半の有権者が共有している彼への評価ではないでしょうか?
「自分は庶民派だ」「アキバでは人気がある」「景気の麻生」という触れ込みで総裁選を勝利した麻生太郎氏ですが、ここまで「仕事」ができない人だったとは、とは、とは・・・。
「庶民派であり続けること」を舐めてはダメで、庶民派であろうとすることは、世間一般の圧倒的多数の人々の声に応えようとすることとほぼ同義です。
自力でどうとでもなる資産家は聞き流してくれるでしょうが、庶民を相手にする時には、ある特定の場面で発した「たった一言」であっても、ありとあらゆる角度から批判的評価にさらされます。熱狂的な支持者でも「自分にとって心地いいかどうか」ぐらいは見ますから、クレバー(賢明)であることは必須です。
60、70、80歳と年を重ねていけば、身体が言うことをきかなくなるのは自然ですし、医者にかかるのだってかかりたくてかかっているわけではない訳です。やむにやまれぬ事情に対する配慮というのが、あって当然ではないでしょうか?
予防医療、健康管理の重要性を説きたいのであれば、麻生太郎が負担している医療費など口にする必要はありません。財政再建団体に転落し、公立病院も縮小させられたあの夕張市が、予防医療に注力することで医療費の自治体負担分の削減に成功しているという事例を挙げれば足ります。
言ってしまった後に撤回されても・・・。
麻生政権、もう無理なのではないでしょうか?
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